二つの全体主義

日本とドイツ 二つの全体主義  「戦前思想」を書く (光文社新書)

日本とドイツ 二つの全体主義 「戦前思想」を書く (光文社新書)

ナチスドイツと日本の軍部の違いについて復習するために買う。
ニーチェ福沢諭吉、ローゼンバーグと保田與重郎といろいろな思想家の名前が、綺羅星のように並んでいるが、いまいち、分析のシャープさに欠ける。
まとめてみますた。という観じ

具体的な政治史じゃなくて思想史なのも一因かも……。

ドイツと日本の主な違い

民主主義の破綻から全体主義に陥ったドイツ
民主化の失敗から全体主義に陥った日本

反ヨーロッパ、反近代、ゲルマンの復興というノリのドイツ
民族主義こそヨーロッパ化、近代化なりと思いこんだ日本

多くの国に分裂して民族国家をなかなか作れなかったドイツ
神代の昔から民族国家ぽかった日本

第一次大戦に負けての、自信喪失から全体主義にハマッたドイツ
第一次大戦の特需景気で、夜郎自大から全体主義にはまった日本

などなど……。

個人的には、森鴎外の短編小説『かのように』の紹介が面白かった

>秀麿はその謎のヒントを、新カント学派の哲学者ハンス・ファイヒンガー(1852-1933)の『かのやうにの哲学』に見出す。ファイヒンガーのカント解釈によれば、人間の生にとって価値がある霊魂とか自由とか義務のようなものは虚構にすぎないが、我々はそれらが存在している「かのように」振る舞い、それらを事実とすいて通用させることによって、倫理を成立せしめている。

>彼は「かのように」の原理に従って「神話」から分離された、日本の「歴史」を書けないかとも考えるが、すぐにダメだと諦める。
鴎外はダメな理由を「秀麿の脳髄に幡結してる暗黒な塊」とぼかして表現しているが……。

松本清張も著者も、この「暗黒な塊」とは「天皇制」のことであると断言しているが、ひょっとしたら「言霊」なのかもしれない……。